関さんからのエッセー Essay from Seki-san

October 7, 2008: メディア Media

常連のお客さんの関さんがエッセークラブに入っているようで、この間は「亀清旅館」と言うテーマで文を書かれました。せっかくですから、ここで発表いたします。
One of our regular guests, Seki-san, is a member of an Essay Club, and he recently wrote an essay with Kamesei as the theme, as per below (Sorry -- Japanese only.)

タイラとマリの温泉旅館
by 関 一郎
 梅雨のあいまの夕日が山の端に落ちて行くのを眺めながら、山里の温泉露天風呂に体を沈め、すっかりくつろいだ気分になっていた。時おり千曲川を渡って来る爽やかな風が、湯煙をゆらして、ほてった肌に新地よくあたる。
 ここは、信州上山田温泉街の路地裏にある小さな温泉旅館「亀清」である。
 昔ながらの平屋で、間口の広い玄関を入ると、古風な囲炉裏のある応接間に迎えられる。紫陽花の咲く中庭をはさんで渡り廊下を回って行くと、十二ほどの個室が連なる落ち着いた雰囲気の宿である。
 地元の友人の紹介されて、この温泉宿を訪れてから、この静かなたたずまいとかけ流しの豊かな温泉にすっかり魅せられて、再び足を運んできた。
 周囲の高層ホテルに比べれば、いかにも昔の名残りをとどめたような「亀清」に親しみを感じるのは、豊富な温泉湯だけではない。
 実はこの旅館の主人は、アメリカ人タイラーさん。日本人の奥さんマリさんと老母さんの三人で宿を切りもりしている。
 タイラーさんは2メートルもある長身のやさ男で笑顔がたえない。いつも地味なサムエを着て、朝夕の食事サービス、布団の上げ下げ、風呂の掃除、お客の送迎など、毎日忙しく働いている。しかも流暢な日本語で。
 夕食後、食膳を片付けに部屋に来たタイラーさんに聞いてみた。
「どうして信州にやってきたのですか?」
「僕はシアトルで...マリと結婚して、貿易会社をやっていたんです。ところが、急にマリの父親がなくなり、老母ちゃん一人だけでは経営が大変だから、マリと一緒に日本に帰って旅館の仕事をしないかと(思いました)。小さな子供も二人いたんですが、信州に来る決心をしたんです。」
「それにしても、今までの経験もない旅館の仕事をするのは、大変苦労したでしょう?」
「僕はこの信州が好きなんです。山に囲まれ千曲川も目の前に流れているし、空気がとっても美味しくていいところですよ。」
「近所の人や他の旅館の主人たちとの付き合いは大変だったでしょう?」
「始めは、旅館組合の人や商店街の旦那達と付き合うのに苦しましたよ。でもすぐに皆さんと仲良くなりました。」
 素朴なたたずまいの中にも、家族的なもてなしの心を忘れないタイラーとマリの小さな温泉旅館を何とか応援したい。




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